山伏 これは、出羽の国、羽黒山の山伏です。某今度、大峰葛城へ分け入り、難行捨身の行法を、事故なうあい勤め、只今本山へまかり帰る。先ずそろりそろりと参らう。
まことに、山伏の行ほど難行はない。或る時は岩木を枕とし、子に伏し寅に起き、様々の行法を勤めねば、貴い山伏になられぬことじゃ。
いや、この辺りまで来たれば殊の外くたびれた、その上いかうねぶたい。ちと寝て行きたいものじゃが。ハァ、これに藪がある。先ず入ってみゃう。エイエイ、ヤットナ。扨ても扨ても大きい藪じゃ。これはなかなか良い所じゃ。さらばここでまどうで行かう。エイエイエイエイエーイ。ああ、楽やの楽やの。ゆるりと休息致さう。
主人 これは,此の辺りの者でござる。某百歳に余らせらるる、祖父御を一人持ってござる。果報目出度いお方でござる。またある人の申さるるには、この上に蝸牛を用ふれば、いよいよ御長寿ご長久とのことじゃ。太郎冠者を呼び出し、蝸牛を取りに遣はさうと存する。太郎冠者あるか。
太郎冠者 ハァー
主人 いたか。
太郎冠者 お前に。
主人 汝呼び出す別のことでない。そちも知ると通り、これの祖父御様のような、目出度いお方はあるまいなぁ。
太郎冠者 御意なさるる通り、御寿命と申し御果報と言い、目出度いお方でござる。
主人 その通りじゃ。また或る人の申さるるには、この上に蝸牛を用ふれば、いよいよ御寿命ご長久とのことじゃ。汝は大儀ながら、蝸牛を取って来てくれい。
太郎冠者 ハァ、畏まってはござりますが、私はそのかたつぶりとやらは、どの様な物で、またどこもとにある物やら存じませぬ。
主人 扨て々うつけた奴の。蝸牛を知らぬと言うことがあるものか。教へてやらうほどに取って来い。
太郎冠者 心得ました。
主人 先ず、蝸牛と言うは、土の中から出て、藪にある物じゃ。
太郎冠者 ハァ、左様ならば、藪の辺りを尋ぬればようござりますか。
主人 おぅお、藪には沢山ある。
太郎冠者 成る程、心得ました。してどの様な物でござる。
主人 まず頭が真っ黒で、腰に貝を付け、折々は角を出すものじゃ。
太郎冠者 ハァ、角を出しますか。
主人 また、功量を経たものは、殊の外大きいのがあるものじゃ。随分念を入れて、大きいを取って来い。
太郎冠者 成る程、心得ました。
主人 急いで行け。
太郎冠者 ハァー
主人 エーイ
太郎冠者 ハァー
  扨ても扨ても、迷惑なことを仰せ付けられた。と言うても行かずばなるまい。先ず急いで参ろう。
  まことに、これの祖父御様の様な、目出度いお方はござるまい。この上に蝸牛を用ひさせられたらば、いよいよ御寿命、御長遠なさるるであらう。いや、何かと言う内に藪へ来た。さらばこの辺りから入って訪ねう。エイエイ、ヤットナ。扨て々広いことかな。この辺りに蝸牛はないかの。ハァ、あれに何者やら寝ている。さればこそ頭が黒い。先ず起こして問うて見やう。のおのお、おのここな人、おのここな人。
山伏 ム、ムムム、ムゥ、よう寝たことかな、よう寝たことかな。
太郎冠者 のおのお。
山伏 何じゃ。
太郎冠者 其方はどこから出て、ここにはござるぞ。
山伏 ムゥ、身共は殊の外くたびれたによって、ここに寝ていたが、扨ては其方はこの藪主か。
太郎冠者 いや、藪主ではないが、ちと此方に尋ねたいことがござる。
山伏 それは何事じゃ。
太郎冠者 そつじながら、此方は蝸牛殿ではござらぬか。
山伏 何じゃ。身共を蝸牛ではないか。
太郎冠者 左様でござる。
山伏 これは奇特なことを言う。先ず身共を蝸牛とは、何としたことじゃ。
太郎冠者 その事でござる。蝸牛と言うは藪にあるもので。頭の黒いものじゃと聞きましたが、見れば此方は頭が黒いによって、もし蝸牛殿ではないかと申すことでござる。
山伏 ムゥ、これはもっともじゃ。して蝸牛を尋ねて何とする。
太郎冠者 さればそのことでござる。某の頼うだお方は、百歳に余らせらるる、祖父御(オオジゴ)を一人持ってござるが、この上に蝸牛を用ひさせらるれば、いよいよ御寿命ご長遠なと申すによって、尋ぬることでござる。
山伏 成る程、聞こへた。しばらくそれに待て。
太郎冠者 心得ました。
山伏 【脇柱】笑。言語道断、世にはうつけた者がいる。あの様な者には、某が蝸牛になって、思ふさまなぶって遊ばう。【対面】やいやい。
太郎冠者 ハァ。
山伏 いかにも身共は、隠れもない蝸牛じゃ。【一足↑】
太郎冠者 さぞそうでござりませう。参り会うて満足致す。さて、腰に貝を付けたものじゃと聞きましたが、貝がござるか。
山伏 おお、いかにもある追っ付け見せてやらうぞ。
太郎冠者 見せてくだされ。
山伏 それあ、それあ。
太郎冠者 なるほど。
山伏 何と、見事な貝であらうが。
太郎冠者 大きい貝でござる。さてまた折々は、角を出すものじゃと聞きましたが、角がござるか。
山伏 何、角。【一足↓】
太郎冠者 なかなか。
山伏 ムゥ。しばらくそれに待て。【一足↑】
太郎冠者 心得ました。
山伏 【正面】これはいかなこと、この角にはホウど困った。何としたものであらうぞ。いや、思ひ付けた。【対面】これこれ、角か見たいか。
太郎冠者 どうぞ見せて下され。
山伏 いかにも見せてやらう。必ず人に仰せあるな。
太郎冠者 合点でござる。
山伏 【脇柱】追っ付け角が出るぞ。それあ、それあ、それあ。
太郎冠者 ワァ、成る程。
山伏 何と角があらうかの。【対面】
太郎冠者 まことに角が出ました。疑ひもない、此方は蝸牛殿でござる。この様な満足なことはござらぬ。やがて頼うだ人の方へお供致しませう。
山伏 成る程、行てやりたいけれども、此中は方々のお年寄りに蝸牛が流行って、身共もいっかうひまがない。其方の方へはヱ行くまい。 
太郎冠者 それは気の毒でござる。さりながら、ここで逢うたこそ幸いなれ、善悪頼みます。どうぞ来て下され。
山伏 ムゥ、それほどに仰せあるを、行かぬも気の毒じゃ。さうあらば行てもやらうが、ただはヱ行かぬ。囃し物に乗って行かうぞ。
太郎冠者 それは忝うござる。してそれは難しいことでござるか。
山伏 別に難しいことではない。【正面】拍子に掛かって、雨も風も吹かぬに、出ざかま打ち割らう。出ざかま打ち割らう。【対面】と仰せあれ。某が【正面】でんでんむしむし、でんでんむしむし、【対面】と言うて、浮きに浮いて行くことじゃ。
太郎冠者 それは易いことじゃ。先ず言うて見ませう。
山伏 言うてお見あれ。【正面】
太郎冠者 心得ました。雨も風も吹かぬに、出ざかま打ち割らう、出ざかま打ち割らう、とかうでござりますか。
山伏 おぉ、さうじゃ、さうじゃ。さあさあ、囃しませ。
太郎冠者 【扇】心得ました。『雨も風も吹かぬに、出ざかま打ち割らう、出ざかま打ち割らう。』
山伏 『でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむっしむしー。』
太郎冠者 以下、繰り返し
山伏
主人 太郎冠者を、蝸牛を取りに遣わしてござるが、余り遅い。見に参らう。何をしていることじゃ知らぬ。さればこそ、あれに何やら興がったことを言うている。やいやい、やい太郎冠者。
太郎冠者 エイ、お出でなされましたか。
主人 そちはそれに何をしている。
太郎冠者 何をしていませう。只今蝸牛を連れて行きます。
山伏 やいやい、囃さぬかいやい、囃さぬかいやい。
太郎冠者 心得ました『雨も風も吹かぬに、出ざか打ち割らう、出ざかま打ち割らう』
山伏 『でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむっしむしー。』
主人 これはいかなこと、やいやい、やい太郎冠者。
太郎冠者 やあ。
主人 扨て々うつけた奴の。あれは山伏じゃぞよ。
太郎冠者 何を仰せれれます。蝸牛でござる。見させられ、頭が真っ黒でござる。
山伏 やいやい、囃さぬかいやい、囃さぬかいやい。
太郎冠者 心得ました『雨も風も吹かぬに、出ざか打ち割らう、出ざかま打ち割らう』
山伏 『でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむっしむしー。』
主人 扨て々うつけた奴じゃ。やいやい、やい太郎冠者。
太郎冠者 やあ。
主人 あれは山伏で売僧じゃわいやい。
太郎冠者 すれば山伏でござりますか。
主人 おゝ扨。
山伏 やいやい、囃さぬかいやい、囃さぬかいやい。
太郎冠者 其方は山伏で売僧じゃげな。
山伏 何を言う。身共は功量を経た、なあ、それっ。
太郎冠者 おお。
山伏 むっしむしー。
太郎冠者 ハァ、『雨も風も吹かぬに、出ざかま打ち割らう、出ざかま打ち割らう。』
山伏 『でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむっしむしー。』
主人 これはいかなこと、扨々うつけた奴じゃ。やいやい、やい太郎冠者。
太郎冠者 やぁ。
主人 あれは売僧じゃと言うに。
太郎冠者 すれば売僧でござりますか。
主人 おゝ扨、知れたことじゃ。己では埒が明かぬ。のけのけ。やい、そこな奴。
山伏 何じゃ。
主人 おのれ、このものをだましおったな。
山伏 何、だました。
主人 おゝ扨。
山伏 でんでんむしむし、でんでんむしむし。(早く、腕を前に突き出す)
主人 これはいかなこと、何とする。
太郎冠者 あれあれ、角をだしました。
山伏 (ゆっくり)でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむしむし。
太郎冠者 ハァ、『雨も風も吹かぬに、出ざかま打ち割らう、出ざかま打ち割らう。』
山伏 『でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむしむし、でんでんむっしむしー。』
主人 扨々苦々しいことじゃ。やいやい、やい太郎冠者。
太郎冠者 やぁ。
主人 あれは売僧じゃと言うに。
太郎冠者 すれば売僧に極まりましたか。
主人 急いで打擲せい。
太郎冠者 心得ました。
主人 おのれ、何としてくれうぞ。
太郎冠者 何としてくれうぞ。
山伏 (印を結び、見えなくなる)
主人 これはいかなこと、どれへ行ったことじゃ知らぬ。
太郎冠者 たった今までこれにいましたが、
山伏 でんでんむしむし。
二人 わぁ。
主人 今の山伏はどれへ行た。
太郎冠者 あれあれ、あれにおります。
主人 あの横着者。
山伏 (笑)赦せ、赦せ。
二人 やるまいぞ、やるまいぞ。
セル1
セル2